【中林梧竹】(なかばやし ごちく)
◆文政10年(1827)、小城藩士・中林経緯の長男として誕生しました。名は彦四郎隆経。幼少の頃から書の才能を認められ、19歳のとき江戸に出て山内香雪・市川米庵に入門。その後も研鑽を続け、50代にして清国に留学し、六朝書道の研究の中から、独自の書風・書体を生み出しました。日下部鳴鶴、巖谷一六と並び「明治の三筆」とも称されます。その作品の多くは現在、中林梧竹記念館で観ることができます。
長く東京・銀座に住んだ後、80歳を過ぎて小城に帰郷。大正2年、87才で三日月村の「梧竹村荘」にて没。葬儀は、自らが建立した観音堂で行われました。[写真提供:小城市立歴史資料館]
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