【北浦遺跡】
(きたうらいせき)
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15世紀後半に朝鮮で書かれた「海東諸国記」によれば、「千葉殿」と呼ばれる千葉元胤が毎年一艘の歳遣船を出したことが記されており、同国と交易を行っていたことが推測されます。同書にはまた「民居一千二百余戸、正兵五百余」という、小城についての記述もあります。
さらに、千葉城の北に馬場を構えさかんに犬追物を興行したり、都から観世太夫を呼んで猿楽を楽しんだり、という別の史書の記録もあり、千葉氏支配下の当時の繁栄の様子がうかがえます。北浦遺跡の一帯は、そうした千葉氏の居館があった場所と考えられています。
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