【千葉宗胤】(ちば むねたね)
千葉頼胤の嫡男・宗胤は、父の跡を受け小城に下向。晴気城に居住し、弘安4年(1281)の蒙古軍の来襲時には、その撃退に活躍しました。その後も、蒙古に対する防備のため九州を離れることがなく、小城に在住して九州千葉氏の祖となりました。
 また宗胤は、三間山円通寺の開基として財政的支援を行うなど、その隆盛の礎を築きました。永仁3年(1295)に30歳で死んだ宗胤の墓は、かつて広大な円通寺の境内であった住吉町の住宅地の一隅に、いまも静かにたたずんでいます。
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