【中野初子】(なかの はつね)
安政6年(1859)、小城藩士・中野ト斎の二男として誕生。興譲館で学んだ後、工部大学校(東京大学工学部の前身)で電信学を修め、明治14年(1881)に卒業。イギリス・アメリカに留学し、24年に帰国して工科大学教授となり、32年に工学博士の学位を受けました。以後、電気学会会長を務めるなど、日本の電気事業界に多くの功績を残しました。
 大正3年、大学教授在職のまま没。「初子」という珍しい名前は、生まれた日がその年の最初の“子(ね)の日”であったためだとか。[写真提供:小城市立歴史資料館]
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