【佐賀の乱】(さがのらん)
明治7年(1874)2月に佐賀で起きた不平士族らによる反乱で、佐賀の役、佐賀戦争とも呼ばれます。
 前年の明治6年の政変により下野した前参議・江藤新平や、前侍従・秋田県権令・島義勇をリーダーに押し立てた士族軍は、政府への不満から佐賀城を奪取して武装蜂起。しかし政府軍の攻撃により鎮圧され、首謀者とされた江藤や島らは、大久保利通らによる不当な裁判の結果、無念の梟首刑とされてしまいました。
 このときの戦火で佐賀城は焼失。現在も残る国の重要文化財「鯱の門」には、この戦乱で出来た銃弾の跡がいまも残っています。
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